COLUMN
2026.07.03 ストーリー
建築家・松田毅紀が追求する“パッシブデザイン”という思想
目次

THE GRANDUO FUTAKOTAMAGAWA(2026年2月竣工)
東京都世田谷区玉川2-10-14
https://thegranduo.com/futakotamagawa/
THE GRANDUOシリーズでは、建築家一人ひとりの「思想」を大切にしています。
建物の美しさだけではなく、どんな暮らしを生み出すのか。どんな時間を過ごしてほしいのか。その考え方まで含めて、一つの住まいを設計しています。このシリーズでは、THE GRANDUOを手がけた建築家たちが空間に込めた想いや設計哲学を、その言葉とともに紐解いていきます。
今回お話を伺ったのは、「THE GRANDUO FUTAKOTAMAGAWA」を設計したHAN環境・建築設計事務所代表・松田毅紀さん。
30年にわたり追求してきた「パッシブデザイン」という設計思想について、お話を伺いました。

パッシブデザインとは
パッシブデザインとは、光や風、熱といった自然の力を最大限に活かし、機械設備への依存を抑えながら快適な住環境をつくる設計の考え方です。
太陽の熱を取り込み、風の通り道を設計し、建物そのものが持つ性能を引き出すことで、少ないエネルギーでも心地よく暮らせる空間を目指します。
THE GRANDUO FUTAKOTAMAGAWAでも、この思想が建物の随所に取り入れられています。
エネルギーの流れの中に建物を位置づける
松田さんの建築家としての出発点は、私たち一般人がイメージする建築家像とは少し異なっています。
もともとは獣医学部で学び、生き物の仕組みや生態への関心を深めていく中で、“人間も含めた環境全体をデザインしたい”という思いへと広がっていったといいます。
建物をひとつの「箱」として捉えるのではなく、光や風、熱、水、土といったエネルギーの流れの中に位置づけていく。その視点には、生態系に近い発想が息づいています。

松田 毅紀「環境への意識は、社会問題として語られるよりずっと前から、自分の中にありました。いま、やっと自分の関心と社会が求めるものが一致してきたことを感じています」
個人的な関心として続いてきたまなざしが、いま社会の要請と重なりはじめている。松田さんの建築は、そうした時間の積み重ねの上に形づくられています。
パッシブデザインという思想の、本当の意味
松田さんが30年以上にわたって追求してきた「パッシブデザイン」。
その言葉は、省エネや環境配慮といった文脈で語られることも少なくありません。しかし、松田さんが目指しているのは、単なる環境性能の高い建物ではありません。
その本質は、自然が本来持っている力を引き出し、そのうえで機械の力を補助的に使うという、明確な優先順位にあります。冬には太陽の熱を取り込み、夏にはそれを遮る。風の通り道をつくり、開口の配置で空気の流れを整える。コンクリートの蓄熱性能を生かすために外断熱を採用する。
こうした設計段階で組み込まれた“建物の知性”によって、住む人が意識することなく、自然と快適な環境で暮らすことができるのです。

外断熱は、その考え方を象徴する技術のひとつです。断熱材を建物の外側に配置することで、コンクリートの躯体は室温とほぼ同じ状態に保たれます。壁の表面温度が人の体温に近づくと、輻射熱のやり取りが穏やかになり、同じ室温でも体感は大きく変わってきます。
たとえば、夏にエアコンを19度に設定しても涼しさを感じにくいことがありますが、それは壁面の温度が高いままだからだといいます。外断熱がきちんと機能する空間では、設定温度を無理に下げなくても、十分に快適さが保たれます。
さらに、外断熱には快適性だけではない価値もあります。
建物全体の温度変化が穏やかになることで、コンクリート躯体への負荷が軽減され、長期的には維持管理や修繕にも良い影響を与えると考えられています。
初期コストだけを見ると決して安価な選択ではありません。
それでも松田さんは、建物を何十年という時間軸で捉えたとき、外断熱は経済性も含めた合理的な選択肢になると考えています。
建物が完成した瞬間ではなく、その先に続く時間まで設計する。その視点もまた、松田さんのパッシブデザインを支える大切な考え方の一つです。
縁側の思想を、現代のマンションへ
松田さんが設計において特に大切にしているのが、“中間領域”という考え方です。内でも外でもない、曖昧な層としての空間。日本の伝統的な住まいには、こうした中間領域が自然に備わっていました。
縁側や格子、深く張り出した軒。京都の町家では、格子が外部からの視線を適度に遮りながら、内側にやわらかな光を取り込む設えとなっています。
外と完全に切り分けるのではなく、ゆるやかにつなぐ。プライバシーを守りながらも、外の気配を感じられる。人の心をゆるやかに解きほぐす条件が、そこには備わっていました。

マンションという制約の中で、その思想をどう実装するか。松田さんは、バルコニーを単なる物置ではなく、内と外をつなぐための“環境装置”として位置づけます。
引き込むような配置によってプライバシーを確保しながら、内側からは緑や空へと視線が抜けていく。外と遮断するのではなく、やわらかくつなぐ。
そうしたひとつひとつのこだわりが層のように重なっていき、空間に豊かさをもたらします。
風のない空調が、室内を変える
松田さんが目指す“肌で感じる快適さ”を、設備の側から支えているのが、輻射式冷暖房システム「THEAR(シアー)」です。
アルミニウム製のパネルに冷温水を循環させ、輻射熱によって室内温度を整えていく仕組みです。一般的なエアコンのように空気を直接動かさないため風は生まれず、作動音も16デシベル以下とほとんど感じられません。
冬は温水でパネルを温め、壁面の温度を人の体温に近づけていく。夏は冷水を流し、パネルに生じる結露によって空気中の余分な湿気を吸収する。
温度だけでなく湿度まで含めて整えていくことで、快適な空間を実現します。

こうした仕組みは、パッシブデザインとの相性の良さにもつながると松田さんは言います。外断熱によって躯体の温度が安定した環境の中で輻射空調を用いると、体感はより穏やかになっていく。少ないエネルギーで快適性を高めていく、自然な循環が生まれます。
エネルギー効率の面でも、ガス暖房や電熱線ヒーターとは根本的に仕組みが異なります。ヒートポンプを組み合わせることで、投入した電力の3〜4倍のエネルギーを取り出すことが可能です。
実際に松田さんは、約40㎡の自身の事務所でも床暖房と併用して運用しており、最も寒い時期でも電気代は1万数千円程度に収まっているとのことでした。

素材の“揺らぎ”が人間の感覚を呼び覚ます
松田 毅紀「人間の感覚って微細なんです。無機質に見えるのになんかちょっと違う、という揺らぎを、身体はきちんと感じ取ります」
松田さんが語るこの感覚は、素材の選び方にも表れています。その一例が、壁に採用された“エッグペイント”です。卵の殻をアップサイクルした塗料で、均一に仕上がるクロスとは異なり、光の当たり方によって微細な凹凸が浮かび上がります。さらに、卵殻の多孔質な構造が、調湿や消臭といった機能も担っています。
また、外壁のルーバーには、アセチル化処理を施した天然木材“アコヤ”を採用。屋外でも50年以上の耐久性があると保証されており、アルミや樹脂と比べて光の受け止め方がやわらかい素材です。時間とともに表情が変わっていく、そのゆらぎも含めて空間に奥行きを与えていきます。
「見たことある感じがするのに、見たことがない」
そうした感覚の積み重ねが、日々の暮らしの中で、少しずつ深みとして立ち上がっていきます。

「居心地がいい」を、言語化する
松田 毅紀「空間が広ければいいとか、素材が高ければいいということじゃなくて、どういうものに包まれていると居心地がいいのか。どういう光が入ってきて、どんな風が流れると心地よいのか。感覚を、心地よく刺激することがある環境が、良い環境だと思っています。」
松田さんが考える「良い建築」は、豪華な素材や目を引くデザインだけで決まるものではありません。
光の入り方。風の流れ。壁や床の質感。季節によって変わる空気の匂い。
そうした一つひとつが重なり合い、人は「居心地がいい」と感じます。建築とは、そうした感覚を丁寧に積み重ねていく仕事なのだと、松田さんは考えています。

自然は刻々と変わります。光は時間とともに表情を変え、雨上がりには窓を開けたくなる。そんな小さな選択が生まれる空間です。
住む人が自然に応じて暮らしを整えていく。そのあり方が、松田さんの考える“豊かさ”です。
「THE GRANDUO FUTAKOTAMAGAWA」では、崖線の緑地を土地の時間として捉え、10万年かけて生まれた地形の記憶を建物に取り込んでいます。
松田さんのこれまで重ねてきた思考や経験が、その場所に静かに積み重なり、ひとつの空間として立ち上がっています。
——
HAN環境・建築設計事務所 代表
獣医学部出身という異色の経歴を持つ建築家。パッシブデザインの第一線で30年にわたり設計を続け、自然のポテンシャルを引き出す外断熱工法や中間領域の設計手法を追求してきた。「THE GRANDUO FUTAKOTAMAGAWA」では設計を担当。日本エコハウス大賞、パッシブデザインコンペティション最優秀賞など受賞多数。
https://www.han-arc.com/
——
THE GRANDUO FUTAKOTAMAGAWA(2026年2月竣工)
東京都世田谷区玉川2-10-14
https://thegranduo.com/futakotamagawa/
